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カテゴリ:小さな教室から世界が見える  

  • 小さな生き甲斐は、時に、馬鹿馬鹿しく思える。
    [ 2009-04-17 23:18 ]
  • (Cont) 小さな教室から世界が見える #1 発言力と積極性
    [ 2008-10-09 23:55 ]
  • 小さな教室から世界が見える #1 発言力と積極性
    [ 2008-10-09 03:10 ]

小さな生き甲斐は、時に、馬鹿馬鹿しく思える。  

2009年 04月 17日

最近、違う境遇でオーストラリアへ来た人と出会う機会が多くなった。互いに、年齢も、出身も、職業も違う、たまたまの何かの縁で、ここでたまたま出会ってしまったと言った方が正しいかもしれない。確かにオーストラリアは巨大な留学大国で、日本人に会う確立はかなり高い。僕はそれはぜんぜんいい事だと思うし、日本では出会えない出会いだってあるかもしれない。だからよく『ここ日本人多いよね』っていう会話は好きではない。『だから、だから何?結局は自分じゃないの』って思ってしまう。自分が何をしたくて、どんな目標があって、空港の出国ゲートをくぐったか、それがはっきりしていたら、別に日本人が多かろうが、少なかろうが、関係ないのではないか。

しかし、そのような多様な目標をもった留学生を、同じ『留学生』というレッテルで括ってしまうのはどうかと思う。一方で、大学生。また一方で毎日遊びほうけている留学生。別に大学生を美化するとかそういうのではなく、そのような一日24時間をまったく異なった目標へ向けて割いている多くの人間を同じ『留学生』というレッテルで縛ってしまうのはどうかと思う。

同じ『留学』というレッテルを貼られたまま、何の区別もなく、日本で扱われるのは不公平ではないかと思う。これはほんとにほんとに僕の個人的な意見で、もちろん真剣にこっちで頑張ってる人もたくさんいてる。反対に『お前何しにきたん』っと思える大学生もたくさんいてるのは事実。でもどうしても真面目は下へ真面目じゃない人は上へ来てしまうのは事実で、そういう人達が目立ってしまうのも事実であると思う。

日本では留学生を特集するテレビ番組もないし、色々な人に留学をしているというと、『外国いいな~たのしそうやん!!』って言われがちだが、実際問題そんなに楽しい世界でもないと僕は思う。本当に、可能であれば、情熱大陸でこちらの大学生の一日を数日でも数ヶ月でも追ってほしいものだ。そうすれば、必ず大学留学の人口は減ってしまうと思う。

いつも思っている事をこうして、文にして書いてみると、自分って何を考えて生きているんだろうと思う。でもこういう風に考えている人達は他にもいると思う。だからこれから留学を考えている人は、自分の意思と未来予想図をしっかりともってほしい。こちらで大学生をするのも、ワーキングホリデーを使ってくるのも、どちらも貴重な経験になる事は確かだと思う。

でも日本で思ってる程楽しい世界ではないと思っていてほしい。

では

一体、誰に向けて書いているのやら・・・多分自分にかな??

by kuni_ca_07 | 2009-04-17 23:18 | 小さな教室から世界が見える

(Cont) 小さな教室から世界が見える #1 発言力と積極性  

2008年 10月 09日

『発言力』が子供の時から自然と体に染み付いている欧米人に対して、そういう文化や風習がない日本人。

では 『積極性』 という面ではどうなんでしょうか。

ここでの積極性とは 『発言にいたるまでの態度』 という意味だと思ってください。

僕は友達に頼んで、一回だけ日本の大学で授業を受けたことがあります。確かにつまらない授業でした。寝ている人達もたくさんいてました。

ここなんです。

海外の大学で授業を受けている最中、寝ている人はほぼゼロに近いと思います。なぜなら、欧米の大学は 『大学=学ぶ場所』 なんです。日本はたぶん 『大学=70%友達との触れ合いの場所、20%サークル、10%学ぶ場所』 なんだと思います。

絶対に日本の大学でも必死になって勉強している人達はいてます。しかし、サークルや飲み会という言葉が日本の大学を象徴しているように、日本の大学を表すキーワードは 『学び』 ではなく 『遊び』 なんです。ここでは超一流の大学の事ではありません。一般的な日本の大学という意味です。

このキーワード、こちらの大学しか経験のない僕にはかなり魅力的です。『隣の庭はよく見える』 のです。

話はそれましたが、そういう学ぶ態度で大学に来ている海外の学生は、学びに来ているのだから、分からないことがあれば、聞くだろうし、それなりの発言は 『必要』 になってくるのではないでしょうか。

そこが積極性につながるのではないでしょうか。

結論としては、語学だけが、日本人の発言力と積極性を邪魔しているとは思えません。もっと深い部分、国民性や育った環境、メンタルの部分だったり、なかなか訓練のしようのない部分の影響が多いのではないでしょうか。しかし、それを理由に発言しないのは 『ただの逃げ』 だと思うので、これからも 『日本人としての発言力』 として頑張りたいと思います。

正直、人はひとつの国に対して、絶対的な『偏見』をもっています。そんな偏見を変えてみたいですね。 外人に 『こういう日本人もいてる』 と言うことをみせたいですね

では

by kuni_ca_07 | 2008-10-09 23:55 | 小さな教室から世界が見える

小さな教室から世界が見える #1 発言力と積極性  

2008年 10月 09日

こんばんは。最近、睡眠が十分に取れていません。

今夜もなかなか眠りにつけず、目が冴えてしまいました。色々考えたり、悩んだり、ちょっと落ち着かない時期です。

そんな色々な考えを 『小さな教室から世界が見える』 と題して時々ここに書きたいと思います。これは僕の100%自己論です。間違いかもしれませんが、感じたことをそのまま書きます。
初回は 『日本人の発言力と積極性』 です。あくまで、大学の教室の中でおきている事なので、社会ではどうかと言われると分かりませんが、通じ合うところはあると思います。

では

アジアの学生と欧米の学生を比べてみると、明らかに違うところが見える時があります。その一つが教室の中での『発言力と積極性』です。もっと言うと『ディベート力』です

アジアの学生だけで見てみても、明らかに日本人は『発言力、積極性、ディベート力』どれをとって見ても、他のアジア諸国には劣っていると思います。それはなぜか。

語学だけの問題なのでしょうか?

もし語学が一番の問題であったならば、シンガポールとフィリピンを除いた他のアジア諸国は同じ条件のはずです。ではなぜ中国人、韓国人に比べて日本人はそこが特に劣っているのでしょうか。

僕は一つは、日本の教育環境にあると思います。例えば、中学、高校で授業の最後に先生の『質問ある人?』に対し、何人が手を挙げて質問するでしょうか。中学、高校の授業で何回、手を挙げて発言しましたか。教室で一つの話題に対して、みんなで話し合うという機会がありましたか。

日本人にとって、『授業=静かに受ける』という事が小さい頃から、体が覚えてしまっているのです。だから授業中は他人に迷惑がかからないように、自分の意見よりは先生に従うということが、本能的に体に備わってしまったのです。

反対に欧米はというと、『私はこう思うから発言する』という『授業=静かに受けてはいけない』という環境で小さなころから育ってきたので、大学生になった今でも、そのスタンスは変わらない訳です。

言ってみると日本は『先生の言ってることが一番』。しかし欧米は『先生の言っていることも分かるけど、私はこう思う』という、保守的な日本人には真似のできない考え方なんだと思います。

それと面白いことに、こちらの先生たちは生徒の発言をとても尊重します。たとえそれが間違っていたとしても、『それはそうだと思う。でもこういう考えはどう?』というように、生徒の意見をしっかりと受け入れ、そして新たに問題を定義します。

日本の先生はどうでしょうか。ここまで生徒の意見を尊重するでしょうか。あまりにも的外れな事を言ってしまうと、『何言ってるの?』という空気にさせられてしまうかもしれません。

この様に欧米の学生は小さな頃から、『発言力』を鍛えられているんですね。

眠いので続きはまた明日

では



by kuni_ca_07 | 2008-10-09 03:10 | 小さな教室から世界が見える